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梅雨前線自体の尻が重かったその上に、気の早い台風まで寄って来たせいもあって。関東地方の梅雨明けは八月に入ってからとなるでしょう…なんて、あんまりありがたくはない予想が連日告げられている七月の終盤。こういう予報は不思議と外れはしなくって、夏らしい晴天はあまり望めぬままという日が続き、東京近郊の本格的な“夏”は、やっぱり八月に入ってからというスロー・スタートとなりそうな気配。そんな中で始まった夏休みの、一番最初のお楽しみ。くじ運のいい坊やが駄菓子のクローズ懸賞で当てた、それは どデカいテーマパークの開幕イベントへのご招待というのへ参加することとなったゾロとルフィの二人連れ。現地集合となってたその会場へと向かう途中で、
『俺もご同行させていただこうと思ってな。』
どういう訳だか、ゾロとは天聖世界仲間で聖封のサンジまでもが突然の乱入。その会場へ向かう身だと姿を現して。スタッフのバイトをすることになってな…なんて言ってはいたものの、
“…あれ? でも、こういうののスタッフともなれば、お客さんよりずっと早くに入っとくもんじゃないのかなぁ。”
ですよねぇ。普通のお店で考えたって、お客様をお迎えするためのメンテナンス、掃除だの備品の点検だのという下準備ってのが要るだろうし、ましてや…色々と設定にも凝っており、独特のイベントだの仕掛けだのがあったりしそうなアミューズメント・パークで、しかも開幕プレミア、つまりはプレス向けの特別な開場となる今日からの数日間。常設のものとは別口の、特別アトラクションなんかだって予定されていようから。申し送りとか打ち合わせとかってものが、海ほど山ほどあるだろに。そういうのを前以て頭に叩き込まれとかないといけない“スタッフ”が、来場者と一緒の時間帯に来てどうすんだと。いくらお呑気なルフィでも、おややぁ?と不審に思ったらしかったが。
『ああ。だって俺“遅番”だから。』
『…ふ〜ん。』
あっさりとオチがついたところで(おいおい)、都心から乗って来たお台場までの臨海線の終着駅に到着した一同。レインボーブリッジへの眺望やら、某有名テレビ局の社屋やら、一日中いても飽きないという巨大なスーパー・スパランドやらが、観光スポットとして人気の場所なだけに、
「そういや、何か夏休みだからっていうイベントがあるんだったよな。」
テレビで告知されてたそれへと向かう家族連れなどが、まあまあよくもこんなに乗ってたなと思うほど電車からは吐き出されての、駅もなかなかの混雑ぶりだったから。
「…何かの宗教の巡礼地かよ。」
ホームからこそ離れたが、ここから既に行列態勢に見えさえするほど、密度の高い“人の波”を前に、少々うんざりしたゾロが呟けば、
「似たようなもんかもな。」
サンジさんが穿ったお答えを返したのは…近場の見本市会場かどこかで同人誌即売会か、若しくは同好の方々によるオフ会でもあるのだろうか。微妙にコスプレっぽいメイドさんとか、これまた“何ちゃって”っぽい いかにもな学生服姿の団体さんが、キャリーをコロコロと引きながら同じ方へと一斉に移動してくのへと、視線が行ったからだったが。
「なあなあ、俺らは何処へ行きゃいいんだ?」
都民とはいえ、もっとずっとのんびりしたところが日々の生活エリアで、よって“お上りさん”に等しい身の自分たちでは、この雑踏には太刀打ち出来ないかもなんて。ルフィまでもが ちょこっと弱気になりかけていると、
「ファンタジーワールド、ケルベロス島へのお客様、でしょうか?」
妙に通りのいいお声が背後からして。あまりの不意打ちに“あわわっ☆”と驚いた坊やがその場で跳びはねたそのまま、傍らにいたゾロの広々とした懐ろへ勢い余って飛びついたところが、
「あ、失礼致しました。そちら様のお持ちのデイバッグに、指定のバッヂがありましたものですから。」
こちらさんも もしかして、バスガイドさん辺りの制服マニア・コスプレイヤーじゃあなかろうかと思えたほどのお召し物。この暑いのに丈の短い上着とベストとスカートと(&スカーフ付きブラウス)という、しっかり充実した3ピースタイプ、しかもダーツやタックでの切り替えが一杯あってメリハリの利いたデザインの、いかにもな制服姿のお嬢さんが、変形ベレーかトルコ帽みたいな小さい帽子をボブヘアーの頂上に乗っけて、それはにこやかに笑っておいでで。
「バッヂって…ああ、これか?」
当選通知のパンフレットの中に入ってた、まるでブレザーか何かのボタンみたいな、ごくごく小さめの缶バッヂ。参加要綱という説明の中、当日のご案内のところに、
《 これを必ず、
当日のご本人様のお召し物か、若しくは持ち物に付けて下さい。》
という注意書きがあったのでと守ったまでのことだったのだが、
「それを拝見しまして、お声を掛けさせていただきました。」
そういう段取りでございますということか、にっこり笑ったのは二十歳はたちそこそこの妙齢のお姉様。まだまだ高校生と言っても通りそうなほどお若い面差しと体躯であるにも関わらず“何でもお任せ下さいませ”と言わんばかり、相手へ安心感を与えるほどもの余裕というか、場慣れしての貫禄もあって。マニュアルを暗記しただけではなさそうな、なかなかの上級者であるらしい模様。とはいえ、
「こんな小さいのを、よく見分けられたよなぁ。」
くどいようだが、凄まじいまでの人出の構内であり。改札前とかコンコースとか、待ち合わせポイントのロビーや広場ですら、立ち止まれなさそうな勢いでぎっちりと、人の流れが行き来しているというのにね。
“まあ…俺らは少々たじろいで、そっから外れていたがよ。”
だって、此処から更に乗り換えるって、案内書に書いてあったし。この流れに巻き込まれたら構内から外へまで運ばれそうな勢いだったから…なんてな言い訳を、サンジさんがその内心で紡いでいれば。
「失礼ながら、そのバッヂからは微量な電波が発信されておりますので。」
お姉さんはそう言って、携帯電話…みたいなターミナル・ツールをその手に見せる。
「この駅の構内に到着なさって初めて、センサーが始動し、電源の入るバッヂで。受信範囲は半径50mまでという簡単な装置なんですが。」
こういう場所柄で、しかも臨時特設なんていうホームから出る、モノレールだか新都市交通機関だかへの乗り換えだから。この駅に慣れていたって迷子になりかねないシチュエーション。そこでと、招待客を拾い上げるための仕組みとなってたバッヂだったらしい。
「あらためまして、ようこそです。」
アニメキャラを実写版に置き直したような笑顔にて、あらためてにっこりと笑ったお嬢さんは、さあどうぞ、こちらですよと、彼らを先導するように歩き出し、
「よかったなぁ、ゾロ。あのままだと迷子になっちまうとこだったもんな。」
「…声がデケェよ。」
大人二人が一緒だってのに、それって当然 褒められたことではないと。そのくらいの分別はある緑頭のお兄さんが、口元をひん曲げて坊やの無邪気さを窘めたものの、
「わぁ〜vv 見て見て、ヨッちゃん。あの人、ほら。」
「あ…なんか、聖剣士クレイシスみたいvv」
おおう、此処でもどっかで聞いたようなお名前が聞こえて来たりして。
「何だ、あの“聖剣士クレイシス”とかいうの。」
一応の基礎知識は叩き込んで来ておろうに、それでも拾い損ねてたらしい名詞だったか、スタッフのバイトだよんなんて言ってたサンジが怪訝そうなお顔をすると、
「“ドラゴン・メイデン”の中盤以降に出て来ます、戦士タイプのキャラクターですようvv」
今回のイベントのタイトルにもなっている、この“ドラゴン・メイデン”というゲームは、パーティーを組んでの冒険の旅というのを展開するオンラインRPGなので。参加者はまず最初に、好きな名前と好きなアビリティの誰それとして始めるのだが、それとは別口、ゲームの中に仕込まれているキャラクターもいる。レベルが上がって、モンスターや状況の設定が苛酷になるにつれ、道中で出会ったそのまま同行して来た仲間同士でだけでは補い切れないような、手ごわい難関や特殊なアイテムの要るイベントも出てくるので、助っ人として一時的に同行したり情報をくれたりするキャラクターが随所にいて、
「聖剣士クレイシスはそれは逞しくて凛々しい戦士で、女性プレイヤーに特に人気があります。」
何かしら使命を持つ人でもあるらしく、出会った場では戦いの相手だが、その後しばらくほどパーティーに同行してくれるし、
「話の持って来ようでは、ラストまでパーティーの一員、秘密兵器みたいに活躍してもくれるという裏情報もあったんじゃなかったか?」
ウソップが言ってたと、ルフィが付け足すと、
「そうなんですよう〜〜〜vv アンケート取るといつもいつも、人気ナンバーワンなんですよねvv コミケでもオフ会とかコスプレ・ダンパでも、この人のカッコする人にはよくも悪くも注目集まるしぃvv でもでも、ラヴェンダ・ローゼンの莉百人さんが今んトコはダントツでそっくりさんで〜〜〜vv」
おおうと、ゾロやサンジが思わずのけ反ったほどの勢いで、ガイドのお姉様が勢いづいて語る語る。
「りひゃと? 凄げぇ名前だな、それ。」
「あ、勿論、ペンネームだそうですけれど。」
「え? 何か書いてる人なんか?」
「はい〜vv ぷにっ子バージョンの“ドラゴン・メイデン”のまんが本をコミケの度に出してらっしゃいますようvv」
「聖剣士クレイシスが“ぷにっ子まんが”描いてんのか?」
「そのギャップがまた、素敵なんじゃないですかvv」
先程までのお行儀のよさはどこへやら。解説や通訳が要らないだけの知識や下敷きはあるよんというルフィだと、判ったらしきお姉様。きゃぴきゃぴと楽しげにお話を繰り出して来、
「さっきから気になってたけど、その衣装ってもしかして“魔法っ子学園マジカル・プティ”の制服なんじゃないのか?」
「きゃ〜んvv 判りましたぁ?」
市販ってゆーか、有名どころの仕立て屋さんに頼んでもよかったんですけど、お友達が注文したのを見せてもらったら、ちょっとばかし…ここんトコのタックとかが浅いんでスカートが此処まで跳ね上がってなかったんですよね。あと、中に履くペチコートも へちょんってしてて。そいで、思い切って頑張って、自分で作ったんですよう。
「え〜〜〜、凄げぇっ。お姉さん、器用だな〜〜〜。」
「やだやだ、そんなぁvv ////////」
茶色だから、えとうっと、二年生の制服だよな。そですぅ〜〜vv あ・でもでも、特に好きなキャラがいるんじゃなくって。あ・判ったぞ、サー・ヒムラエル先生のクラスの子だ。ぴんぽーーーんっっ♪
「あの坊主、アキバ系だったんか?」
「…アキバ系ってなんだ?」
JRとかの列車の車両記号のことか?と、コアはコアでも別路線の話へ飛んでゆきそうなお兄さん方を後陣に引き連れてく格好で。(苦笑) なかなか楽しそうな会話も弾む(?)ご一行は、途轍もない雑踏の中、縫ったり泳いだりしての脱出を図り、何とか目的のプラットホーム、舞州行き臨時特別列車の停車している構内までを辿り着けたのでありました。
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*あまりに間を空け過ぎましたね。すみません。
こうなったら、実際の時間帯との連動は無視しての進行と参ります。
まだ夏休みの最初あたり、七月末のお話なので悪しからず。
………で、
復習をかねてとはいえ、いきなり趣味に走ってる内容ですみません。
筆者も昔はイベントにサークル参加していた人ではありますが、
コスプレはやってませんで。
今時は『うる星』のラムちゃんなんて健全極まりなく見えるほど、
物凄いカッコなさるコスプレもザラだそうですね。
あと、秋葉原のストリートで、
白昼なのに“そういう いで立ち”でチラシ配ってる人もいるとかで。
(メイドさんやゴスロリどころか、露出しまくりのFTキャラとか…。)
凄い時代になったもんですね。 |